2014年2月16日、熊本城マラソン。これが自分にとっての初のフルマラソンだった。
振り返ればジョギングをはじめて3年少し。走り始めの頃はたった3キロ走っただけでふくらはぎが痛くて病院に通ったりしながらもなぜか継続できた。まだまだ充分ではないがジョギングをはじめた頃に比べれば体重も15キロも落ちた。関取からラグビー選手くらいまでは絞れてきた。
フルマラソンに出るにあたっては自分の中でハードルを設定して、まずはハーフマラソンで1時間半を切るまでは駄目ということにしていた。2011年の6月に小樽運河ロードレースで出した1時間36分41秒を出したっきり1時間40分弱のタイムでなかなか伸び悩んでいた。
そんななか心機一転し、いままで毎月150から200キロ走っていたのを、2013年1月から毎月300キロ走ることを目標に掲げ実行した。ほぼ毎日10キロだ。そして実行して半年経った昨年6月の「ひがしねさくらんぼマラソン」で1時間29分43秒と目標達成できたのだった。
そして、そこからエントリーできるフルマラソンを探して、今は熊本にいることだしと、この熊本城マラソンに応募して、無事に抽選でも当選したのだった。
そこからフルマラソンに向けて”あまり”特別なことは何もしなかった。ただただ月に300キロ走るというノルマを淡々とこなしていく。
さすがにレース1ヶ月前くらいになると初フルマラソンだけに意識するようになった。もっとも今までハーフマラソンまでしか出たこと無く、エリートランナーでも”35キロ過ぎからがガクッと来て歩く人もいる”とか聞くのだから、そもそも走れるのだろうか?という不安。
初フルマラソンだし未知の世界なのでサブフォーくらいを手始めにかな? 出来ればサブ3.5くらいチャレンジしてみようかと漠然と考えていた。日が迫るに連れてスピード練習をするようになった。とくにそのような練習がある訳ではないのだが、レースまで少しでも心肺を鍛えておこうと、普段はキロ5分過ぎで走っているが、4分50秒、4分40秒、4分30秒、4分20秒と、日を追うごとにキロのラップタイムを上げて10キロランをしていた。もちろん苦しいが、追い込んだ分自分の限界がどんどん広がっていっている実感があった。10キロを4分15秒で走っている頃は、キロ5分で走るのがジョグに感じる程だった。(ちなみに走り始めの頃は1キロすらこの速さで走れなかった。)
3週間前には陸上競技場の回りの2キロコースを5本走った。(キロ3分50秒程度のペース)10キロも離れたこの競技場までジョグして2キロの周回コースをもの凄い形相で走っている自分(しかもひとりで、かつ5回も!)に周りの人々も物好きなおっさんだと思ったことだろう。
そして2週間前にはふと思い立って実際にフルマラソンのコースを走ってみることにした。ここ数日スピード練習ばかりしていたので、イメージキロ5分くらい(フルだとこのペースで3時間半)で最初のハーフを行ってみようと考えていたが、4分50秒ペースでもキツくなかったので、このペースでハーフを走りきりハーフ時点で1時間41分で通過した。(キロ4分47秒)そしてそのまま後半も思っていたほどしんどくなく、全然行けると思ったが、やはり35キロ地点では脚も痛くなりだし、ガス欠な感じがしてきた。それでもペースが乱れる程ではなく、ゴールまでキロ平均4分47秒を守り通し、結果3時間21分54秒。
正直ビックリした。これほどまでに走れるとは思わなかった。給水も一度もせずの試走だった。これで目標としていた3時間30分をあっさり切ってしまったので本番はどうしたものかと思い悩んだ。3時間15分? でもそのためには7分縮めなければならない。キロ辺りでいうと4分37秒とキロ辺り10秒縮めなければならない。試走であっさり走れたとは言いながらも、実際走ったあとは脚が痛くてゴール地点で暫くうずくまり、歩けなくなる程自分を追い込んで走ったタイムだったのだ。
けれども決して無謀な目標ではない気がして、「3時間15分以内」という目標に向けてあと残り2週間を過ごした。
1週間前の週末は家から阿蘇の麓の温泉までのハーフマラソンを走ってみた。とりあえず3時間15分をきるペースである4分37秒ペースで走ってみようと頑張った。しかし思ったよりしんどくて、結果4分44秒ペースと達成できなかった。全般的に登り基調のルートだったとは言え、この倍を走るフルマラソンでもキロ4分37秒ペースはやはり今の自分には厳しいのかなぁと思った。
まぁ、急遽設定した目標だし達成できればもちろん嬉しいけれど、たとえ達成できなくても確実に自分のカラダは進化していると実感を感じることは出来ているので、やるだけのことはやってみよう。
そしていよいよ本番。。。
スタート地点と、奥に見える熊本城(ゴール地点)
道を訊ねているところ。
ケロロ軍曹のコスチュームのランナーたち。
スタート時。
圧倒的1位の川内選手。
松野明美。
あたす。
翌日の新聞には名前とタイムが記載されていた。
まず人生発フルマラソンの熊本城マラソンは無事に完走!
そして
グロスタイム:3時間13分55秒
ネットタイム:3時間12分54秒
と見事に目標達成!!!
ゴール後は全身が攣ってしまい芝生でひとりのたうち回っていて、救護室に運ばれて処置を受けてと皆さんに迷惑をかけたけれど、今の実力を100パーセント出し切った。タイム達成ももちろん嬉しいが、本当に全く余裕の無いくらい追い込んで力を出し尽くせた自分が誇らしかった。
完走し終えたあと、特に涙は出てこないが、遠くにサブスリーの壁もうっすらとみえてきたと感じ、単純に”もっと速くなりたい!”と、そう思った。
以下に備忘録としてまた今後の参考までに感じたことなどを。
12000人超の参加者ということもあり、スタートエリアは激混みで、僕が並んでいた辺りはスタート地点をくぐるまで1分以上かかった。スタートしても依然として混雑していて、最初の1キロは6分半くらいかかった。これで2分も無駄にしてしまった!とおもい早くも目標達成は無理かなぁ、と思った。
直前に買って読んだ小出監督の本にもあった「タイムの貯金より体力の貯金」という言葉もあり、前半は押さえて走ろうと以下のようにイメージしていた。
2/16 熊本城マラソン理想イメージ✨
1-10K:4:40 ウォーミングアップ
11-20K:4:37 後半に体力を温存
21-30K:4:35 無駄なくリズムを刻む
31-40K:4:33 10キロ走と思って走る
41-42.195K:MAX 出し切る!
3:15内でゴール
確かに前半は体力を温存とは言え、最初の1キロで6分半もかかればこのギリギリでの計画が台無しになると思ったが、少しでも取り戻そうと早速リミッターを外して走ることにした。そして最初の5キロは1-5K 23:29 (4:41/km)と取り返した。つまり、最初の1キロで6分半を取り戻すべく2キロから5キロまではキロ4分15秒で走っていた。どう考えてもオーバーペースだ。
それで最初の計画通りのペースに戻すべく5キロからは若干スピードを緩めた。それでも6-10K 22:34 (4:30/km)。1-10キロのラップは4:35と予定より速い。
iPhoneのRunKeeperのみをたよりに走っていたけどそのころから計測がおかしくなり、あてにならなくなった。100メートルくらいは誤差があるのは日頃のジョギングで心得ていたが、10キロくらいで1キロの誤差はおかしいので、ラップの音声案内のボリュームスイッチを切り、結局は自分のカラダとココロと相談しながら走ることにした。
11-20キロは、4分27秒。内訳は11-15K 22:19 (4:27/km)、 16-20K 22:13 (4:26/km)、これも予定より10秒早い。そしてハーフのラップは1時間35分27秒、キロ辺り4分31秒。予定より6−7秒/キロくらいオーバーペースだ。川尻エリアの沿道の応援は凄まじいものがあったのでそれも多少背中を押してくれたと思う。けれどもそれほど無理して走っている気はしなかった。
ただ、30キロからしんどくなるだろうから21-25K 22:25 (4:28/km)、 26-30K 22:53 (4:34/km)とここで意識的にペースダウン。そういえば30キロ地点でようやく第1回目の給水をした。
31キロ地点では行きではそれほど感じなかった橋がものすごくキツく感じた。結構歩いている人たちも散見されたが踏ん張って走った。31-35K 23:37 (4:35/km)
ただ、30キロからしんどくなるだろうから21-25K 22:25 (4:28/km)、 26-30K 22:53 (4:34/km)とここで意識的にペースダウン。そういえば30キロ地点でようやく第1回目の給水をした。
31キロ地点では行きではそれほど感じなかった橋がものすごくキツく感じた。結構歩いている人たちも散見されたが踏ん張って走った。31-35K 23:37 (4:35/km)
35キロを過ぎると、あと7キロだと思いつつもエネルギーが切れた感じがして、空腹が襲って来た。このままでは持たないかもしれないと思った。給水ですら時間のロスになるからもったいないと極力避けて来たのに、ここでいったん止まって食べるか、それともガス欠のまま残りちょっとを走りきるか凄く悩む決断だった。そして最終判断として38キロ地点辺りで大胆にも給水所で立ち止まった。そして給水をしっかりと摂り、バナナを1本よく噛みながら食べた。多分30秒くらいのロスになったはずだ。そして気をとりなおして再び走り始めた。36-40K 23:37 (4:43/km)。給水でのロスも響いてだいぶ落ちて来た。けれども結果的にここで立ち止まっての給食&給水の判断はいま振り返っても正しかったと思う。また次につなげるためには、ハーフを過ぎた段階で一度エナジージェルのようなものを食べて、そして35キロくらいでもう一度摂るようにした方が良いと思った。また給水は、遅くてもハーフ地点では一度はするべきだ。
RunKeeperも当てにならないので走っている時点ではラップは分からないが、やはり前半飛ばしすぎたツケが回って来たのだろう。それでもそれほど落ちていないはずだ。前半のタイムの貯金もまだ少しはあるだろう。もしかしたらこのまま行けば3時間15分切りは達成できるかもしれない。そうぼんやりと虚ろな頭で考えながら一歩一歩脚を進めた。応援もかろうじて聞こえてくる状態。
RunKeeperも当てにならないので走っている時点ではラップは分からないが、やはり前半飛ばしすぎたツケが回って来たのだろう。それでもそれほど落ちていないはずだ。前半のタイムの貯金もまだ少しはあるだろう。もしかしたらこのまま行けば3時間15分切りは達成できるかもしれない。そうぼんやりと虚ろな頭で考えながら一歩一歩脚を進めた。応援もかろうじて聞こえてくる状態。
40キロ地点の時計をみると確か3時間3分台の表示だったと思う。あと11分ちょっとで2.195キロ、3時間15分きりは頑張れば行けるぞと思った。ただ、残り1キロは熊本城まで駆け上がる”心臓破り”というか”心臓止まり”の坂が立ちはだかっている。どうせスピードも落ちるだろうから、まずこの1キロを頑張ってみようとカラダのギアを一段上げて走った。
そして、ちょうどあと1キロの表示が出たところに地獄の坂が始まった。前には歩いている人が大勢いた。自分のカラダも悲鳴を上げている。けれども「あとたった1キロじゃないか。ここでひょこひょこ歩くためにいままで頑張って走り続けて来たんじゃないんだ!」そう自分に檄を飛ばしてゆっくりながらも走り続けた。
坂の途中にはマンションの管理人さんがたっていて大声で応援してくれた。とても嬉しかった。そして坂のいちばんキツいところには弟がたってカメラを向けていた。ポーズをとる余裕は無かったが感謝を込めて「ウイッス!」とだけ言って走り抜けていった。そしてまた平地を走り抜け最後200メートルもこれまたしんどい急坂だ。
でもこれでもう終わりだと思って、自分でもどこにこんな力が余っているのか不思議だが、最後は坂道をダッシュして10数人を追い抜いて、、、そしてゴーーーール!!!
そして、ちょうどあと1キロの表示が出たところに地獄の坂が始まった。前には歩いている人が大勢いた。自分のカラダも悲鳴を上げている。けれども「あとたった1キロじゃないか。ここでひょこひょこ歩くためにいままで頑張って走り続けて来たんじゃないんだ!」そう自分に檄を飛ばしてゆっくりながらも走り続けた。
坂の途中にはマンションの管理人さんがたっていて大声で応援してくれた。とても嬉しかった。そして坂のいちばんキツいところには弟がたってカメラを向けていた。ポーズをとる余裕は無かったが感謝を込めて「ウイッス!」とだけ言って走り抜けていった。そしてまた平地を走り抜け最後200メートルもこれまたしんどい急坂だ。
でもこれでもう終わりだと思って、自分でもどこにこんな力が余っているのか不思議だが、最後は坂道をダッシュして10数人を追い抜いて、、、そしてゴーーーール!!!
41-42.195K (4:44/km) 後半ハーフ:1時間37分27秒 。
こんなに長い時間自分の体力も精神力もギリギリのところで自身と対話しながら過ごした3時間12分54秒、とてもエキサイティングな時間だった。
そして走った翌日、村上春樹の「走るときについて語るときに僕の語ること」をもう一度あらためて読み返した。ひとつひとつがフィジカルに響いてくるような共感できる言葉だった。
・Pain is inevitable. Suffering is optional. ・・・たとえば走っていて「ああ、きつい、もう駄目だ」とおもったとして、「きつい」というのは避けようのない事実だが、「もう駄目」かどうかはあくまで本人の裁量に委ねられていることである。この言葉はマラソンという競技のいちばん大事な部分を簡潔に要約していると思う。
・継続することーーリズムを断ち切らないこと。長期的な作業にとってはそれが重要だ。いったんリズムが設定されてしまえば、あとはなんとでもなる。しかし弾み車が一定の速度で確実に回り始めるまでは、継続についてどんなに気をつかっても気をつかいすぎることはない。
・一般的なランナーの多くは「今回はこれくらいのタイムで走ろう」とあらかじめ個人的目標を決めてレースに挑む。そのタイム内で走ることが出きれば、彼/彼女は「何かを達成した」ということになるし、もし走れなければ、「何かが達成できなかった」ことになる。もしタイム内で走れなかったとしても、やれる限りのことはやったという満足感なり、次につながっていくポジティブな手応えがあれば、また何かしらの大きな発見のようなものがあれば、たぶんそれはひとつの達成になるだろう。言い換えれば、走り終えて自分に誇り(あるいは誇りに似たもの)が持てるかどうか、それが長距離ランナーにとっての大事な基準になる。
・昨日の自分をわずかにでも乗り越えていくこと、それがより重要なのだ。長距離走において勝つべき相手がいるとすれば、それは過去の自分自身なのだから。
・僕は走りながら、ただ走っている。僕は原則的には空白の中を走っている。逆の言い方をすれば、空白を獲得するために走っている、ということかもしれない。
などなど。。。
走るって良いね、つくづくそう思った。フルマラソンって奥が深いと思う、哲学的でさえある。これからも新たな自分の限界を超えるべくチャレンジしていくだろう。そしてめざせサブスリー!!!
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