太宰治、好きな作家ではあるが、実はそれほど読んだ事は無い。作品は短編・中編が殆どなのだが、それでも10作品くらい。印象に残っているのは、「津軽」「走れメロス」「人間失格」「桜桃」「斜陽」そして一番好きなのは「正義と微笑」。
そんな彼が38歳で入水自殺して亡くなるまで約10年間を過ごしたのが三鷹市。住んでいた家も引っ越してきた家から歩いて10分ほど。
そんな三鷹市は、市をあげて”太宰治のまち”とうたっており、ゆかりの場所が地図になって売られていたりする。そんな訳で、早速三鷹市民になった記念で僕も一部購入してジョギングがてらまわってきた。家からのコースでちょうど10キロ。
家からはまず吉祥寺通りを上っていき、ジブリ美術館近くの万助橋という橋から玉川上水沿いのトレイルに入って暫く行くと新橋。初っ端からだがここは入水自殺した太宰治と山崎富栄が発見された場所。今では面影が無いが当時は水の流れが激しかったらしい。

4.5キロ地点あたり、下連雀の地に居を構えた場所がある。
5キロ過ぎあたり、ジブリ美術館から三鷹駅へと続く”風の散歩道”という名の綺麗な通り道沿い、フレンチレストランのすぐ手前の歩道の植え込みに玉鹿石がポツリと置いてある。これは太宰の出身地青森の石で、ここから二人は入水自殺したらしい。
その玉川上水沿いを並行する”風の通り道”ぞいに、太宰が「乞食学生」で描いた玉川上水の描写を抜粋した記念碑がある。
6キロ地点前後、三鷹駅周辺にはたくさんのゆかりの地がある。
野川家跡、ここの2階に住んでいた山崎富栄、ここによく通って「グッド・バイ」などを執筆した。
太宰治文学サロン。三鷹市が運営しており、いろんなグッズや資料が置かれている。
田辺肉店。「斜陽」はここで書かれ、「犯人」はここが舞台。また太宰がよく通った店があるあたりは”太宰横丁”といわれている。
うなぎ若松屋跡。編集者とここでよく飲んでいたらしい。写真も飾られてあった。
中鉢家跡。ここで「ヴィヨンの妻」を執筆。「朝」はここが舞台。
7キロ手前あたりのJR陸橋。今も当時の面影を残しており、太宰は友人が訪ねてきた際にはよくここへ案内していたそうだ。
そして、8キロ地点、ここ禅林寺には太宰治のお墓がある。森鴎外のお墓も向かいにある。毎年6月19日の太宰の誕生日、および死体が発見された日には”桜桃忌”として沢山の読者が墓参りにくるそうだ。

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