火曜日, 11月 12, 2013

東京旅行備忘録

4ヶ月前まで20年間にわたって住んでいた東京へ旅行。

でも旅行で東京へ行くのはこれが初めて。

住んでいた頃のようなリズムで過ごした11泊12日はあっという間に過ぎ去っていった。

備忘録として以下に行程を記録。

11月1日(金):熊本空港(10:15)→羽田空港(11:30)、天ぷら深町(ランチ)、チェックイン、皇居ジョギング(12キロ)、銀座で買い物、カーザ・ヴィニタリア(ディナー)。

11月2日(土):日比谷駅→成城学園駅→大蔵第2運動場でゼミ友夫婦とテニス、多摩川河川敷に移動してテニス、二子玉川のお酒も飲めるスタバ”Insupired by Starbuchs”でお茶、友人宅でシャワーなど、鳥おき(ディナー)。

11月3日(日):友達にばったり遭遇した皇居ジョギング(17キロ)、南インド料理ダクシン(ランチ)、青山ファーマーズマーケット、青学祭、よろにく(ディナー)。

11月4日(月):皇居ジョギング(12キロ)、チェックアウト、グランドキッチン@パレスホテル(ランチ)、品川駅”ecute”にて買い出し、品川駅→熱海駅、チェックイン、弟と合流、南葵文庫(ディナー)、部屋飲み。

11月5日(火):熱海市内をジョギング(12キロ)、南葵文庫(朝食)、チェックアウト、レンタカー手配、ブレッド&サーカス(パン屋)、熱海→箱根、仙石原でススキ鑑賞、チェックイン、ダイニングルーム 鮨(ディナー)、部屋飲み。

11月6日(水):金時山(1213メートル)ジョギング登山(4キロ)、ダイニングルーム フレンチ(朝食)、チェックアウト、「モネ、風景をみる眼」展@ポーラ美術館、友栄(ランチ)、小田原駅→品川駅→学芸大学、チェックイン、目黒川ジョギング(14キロ)、アンティカブラチェリアベッリターリア(ディナー)、ホテルのバーで寝酒。

11月7日(木):ラーメン二郎目黒店(ランチ)、散歩 目黒→中目黒→代官山→恵比寿→渋谷→原宿、ホグロフス、レフェクトワール(お茶)、駒沢公園ジョギング(10キロ)、内田光子ピアノ・リサイタル@サントリーホール、まえだや(ディナー)、イル・ルポーネ(はしご)。

11月8日(金):林試の森ジョギング(13キロ)、学芸大学駅→日本大通り駅、横浜港大さん橋、友人とたそがれ、日本大通り駅→学芸大学駅、マッターホーン(クッキー等)、GMT(シリアル等)、鳥しき(ディナー)、ホテルに戻って部屋で焼き鳥丼。

11月9日(土):林試の森ジョギング(11キロ)、ル・ベルクレイ(ランチ)、広尾のガーデンフォレストを内見、白金の友人宅へ、ディナーを一緒に作って友人夫婦と僕でワイン8本目にしてソファで撃沈。

11月10日(日):白金→お台場ジョギング(10キロ)、マルイチベーグルアーヴィングプレイス(ブランチ)、友人宅にてのディナーはランプ肉3キロとバーニャカウダとチーズ&サラミ&フルーツパン、ワインを飲み過ぎてまたもやソファで撃沈。

11月11日(月):皇居ジョギング(16キロ)、三合菴(ランチ)、青山近辺で買い物、ロッツォ・シチリア(ディナー)、アーヴィング・プレイス(はしご)、オステリア・ルスティカ・ドムス(はしご2)、友人宅に帰宅(深夜1時)。

11月12日(火):ラーメン二郎三田本店(朝食)、羽田空港(12:45)→熊本空港(14:45)、バスで帰宅。

振り返るとまあ、よく食べたし飲んだ。(笑)

でもこんな生活は熊本ではほとんどないので楽しかったし、懐かしかった。その分しっかりと走りもしたので(12日間で135キロ)どうにか体重も増えずにすんだ。

そして、その一部始終をスライドショーにまとめた。曲はBGMはベートーヴェン作曲ピアノソナタ第31番変イ長調。ジョギング中に聴いて、今回の旅行はまるでこの曲のようだと思ったのだった。最初の3日間の日比谷は第1楽章のように穏やかに過ごし、熱海、箱根の2日間は第2楽章のように簡潔ながらも軽やかに充実し、そして最後の学芸大学(3日間)、白金台(3日間)は第3楽章の、特に前半の気高いフーガの様に旧友とお互い記憶を辿り、そして再び火を灯して、最後のコーダは朝から青春のラーメン二郎三田本店で大ぶた、ヤサイ・ニンニク・カラメを食べて”自分らしい”旅行を終えた。



東京旅行
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もう一つ、今回の旅行のメインイベントであった、11月7日の内田光子ピアノリサイタルについて、記憶が消えないうちに書き残しておきたい。なお演目は以下の通り。

バッハ: 『平均律クラヴィーア曲集 第2巻』第1番 ハ長調第14番 嬰へ短調
シェーンベルク: 『6つの小さなピアノ曲』op. 19
シューマン: 『森の情景』op. 82
〜休憩〜
シューマン: ピアノ・ソナタ第2番 ト短調 op. 22
シューマン: 『暁の歌』 op. 133

短く結論から言えば、「シューマンの演奏は心に響いてこなかったが、バッハとシェーンベルクはとても良かった。ただやっぱり内田光子を聴けて良かった。」となる。

まず、前提として内田光子はここ数年は彼女のリサイタルは全て通っているほどお気に入りのピアニストである。そして内田光子のシューベルトのピアノソナタ第21番変ロ長調D960の入っているCDは、僕が24歳の時クラシック音楽を聴こうと思って、初めて買ったCD(当時の事はブログに書いた。)だ。さらに、2年前の内田光子のピアノリサイタルで聴いた同曲の演奏が白眉で、その印象がずっと強く残っていた。

そんな中での今回のコンサート。楽しみだったのが短い曲ではあるが2曲バッハの平均律だった。今回は11月3日と7日と2夜にわたってサントリーホールにてリサイタルがあった。3日のプログラムはシューマンと、モーツァルト、シューベルトだったが、7日のプログラムにはバッハの曲が入っていたのでその日に決めたのだった。

照明をぐっと落としたホールに登場し、椅子に座るや否や演奏が始まり、あっという間に引き込まれた。バランスのよい、ただしっかりと”内田光子の刻印”が刻まれた演奏だった。ところで”内田光子の刻印”とは何か? 長くなるが、それは、”今までシューベルト、ドビュッシー、モーツァルト、ベートーヴェン(ピアノ協奏曲)、ショパン、新ウィーン学派、シューマンなどを録音してここに及んでバッハを、しかもバッハの生きていた当時には存在していないピアノという楽器で、内田光子という日本人の女性が、しかもサントリーホールという何千人も入る大ホールで弾くという事はどういう事か、という事を自分自身しっかり考え抜いた上で、1音たりとも無駄に弾かず、けれども力む事無く滑らかに”音を磨き上げて”いく人による演奏”、ということであると思う。そして聴衆も多かれ少なかれそんな彼女の演奏を期待して演奏会に駆けつけていると思う。具体的に演奏技術で言えば、テンポやリズムの変化の取り方、アーティキュレーションの各所に並々ならぬこだわりと深い思考の形跡がみられた。またペダルの使い方等も僕の席からは見えなかったが、色々思考の跡が感じられる音響だった。

それにしてもなぜ内田光子は今になってバッハなのか? たまたまコンサートのプログラムで入れてみただけなのかもしれないが、僕としては今後も精力的にバッハの演奏に深入りしていってほしいと思った。特に、パルティータ第2番や、イギリス組曲第3番、そして今回と同じように平均律クラヴィーア曲集はもちろん、鍵盤曲全てを弾いてほしい。もし実際に内田光子がバッハ演奏にさらに一歩深い、あらたな境地へ至るのではないかとも思う。

そしてシェーンベルク。18世紀前半のバッハからいきなり2世紀も時空を超えてシェーンベルクの曲。鍵盤楽器で調律を変更せずに、あらゆる調で演奏可能となるよう「宜しく調律された(well-tempered)」バッハの”平均律”クラヴィーア曲集、一方で12平均律にあるオクターブ内の12の音を均等に使用することにより、調の束縛を離れようとする十二音技法を体系化したシェーンベルクの曲と、対照的な曲を立て続けに、しかも内田光子の演奏で聴けた事は、僕にとってはこのコンサートのクライマックスだった気がする。

シェーンベルクの曲はこのように前期の音楽はともかく無調音楽が主流なので、CDで聴いていても、耳心地が悪いというか、文字のごとく”音を楽しむ”までにいたらないのだが、コンサートで聴くと、美しいとまでは思わないにせよ、全く退屈する事なく楽しんで聴く事が出来た。また、このような曲を書かねばならなかったシェーンベルクの宿命(バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンなどの先人のような曲を追随して書く事を自ら許せなかった宿命)を思わずにはいられなかった。

その後はシューマンの「森の情景」で曲の構成としてはこんな感じ。
入口 Eintritt (変ロ長調)
待ち伏せる狩人 Jäger auf der lauer (ニ短調)
寂しい花 Einsame Blumen (変ロ長調)
気味の悪い場所 Verrufene Stelle (ニ短調)
なつかしい風景 Freundliche Landschaft (変ロ長調)
宿 Herberge (変ホ長調)
予言の鳥 Vogel als Prophet (ト短調)
狩の歌 Jagdlied (変ホ長調)
別れ Abschied (変ロ長調)

これは長年スヴャトスラフ・リヒテルの演奏で聞き慣れている好きな曲。これから物語がはじまるようなわくわくするような第1曲目に続き、いろんな局面をへて森に別れを告げるまで、終始楽しんで聴いているが、それが内田光子の手にかかると、一つ一つが重みを持って演奏され、最後の”別れ”のときは息が上がってしまう程、激しく深い森だった。リヒテルのCDでの演奏にあまりにも馴れきっているので、違和感はあったが、充分楽しめた。

休憩を挟んで後半。

シューマン: ピアノ・ソナタ第2番 ト短調は不思議と特に感想を持たず、ぼけっとしている間に曲が終わってしまった。もったいないと言えばもったいないが、それが自分の正直な反応。

最後のシューマンの『暁の歌』 は彼が亡くなる直前に書かれたピアノ曲。以前の華々しいピアノ曲や歌曲に比べると”この程度”と思ってしまう曲だが、精神を病んでいた晩年のシューマンを思うと非常に痛々しくもあり、それでもなお美しい曲だと思う。普通コンサートならば最後の曲には華のあるピアノ・ソナタ第2番を持ってくるだろうが、あえてこの曲を最後に持って来た内田光子の魂の演奏だった。

だが残念な事に咳をする聴衆が多すぎて、彼女も何度も首を横に振っていた。百歩譲って誰でも咳はするし、止められない咳もあるだろうからやむを得ない部分もあると思うけれど、それでも、彼の”白鳥の歌”といってもいいこの曲の最後の和音が鳴り止まないうちに立て続けに聴衆が咳をしたのには閉口したし、一気に曲の世界から現実世界に引き戻され、全く味気ない幕切れだった。

アンコールでは、ベートーヴェンの”月光ソナタ”の第1楽章が演奏された。これは、10日程前にベルリンフィルのフィルハーモニーホール完成50周年記念のガラコンサートでも演奏された曲で、僕もインターネットでライブ放送を見ていた。

なんだかんだあったけれども、次回のコンサートはいつだろう、そして何を演奏してくれるのだろう?と思わずにはいられず、早速今から楽しみ♫

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