直近だとゴールデンウィーク中に開催されるラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日 音楽祭)で、今年はシューベルト特集だったので、国際フォーラムに「冬の旅」を聴きに行ったのでした。

実はその時はツェンダー版とか書いてあって、オーケストレーションされた「冬の旅」でした。よく知らないまま行ってみると、演奏者が動きながら演奏したり、テノール歌手が途中いきなり拡声器を持って歌いだしたりして、本当に度肝を抜かれました。それと同時に怒りが込み上げてもきました。なぜこの曲をこれほどまで歪められなければならないのか? 自分でも精一杯演奏者並びに、その編曲を作ったツェンダーを理解しようと耳を傾けたのですが、どうしても僕にとっては必然性の伴っていないクリエイティビティに堕している感が否めませんでした。(最後24曲目のライヤー回しのところでは、歌が終わってもライヤーのような楽器を回し続けていて、ゆっくりフェイドアウトしていく箇所はとてもよかったと思います。)コンサートでも観客の反応ははっきり2分されていて、ブーイングをして途中退出する人たちもいれば、演奏が終わるとスタンディングオベーションで讃える人たちもいました。いずれにしてもこんなコンサートは初めての経験でした。僕は最後まで聴いて帰ったのですが、どうしても理解できないまま今日までずっと燻り続けていました。
そんな中、今日の演奏は前回とは対局にある演奏でした。最初海老澤敏という元国立音大の学長により30分程レクチャーをしていただきました。そこでのエピソードからですが、シューベルトが生涯最後に聴いた曲は、兄のフェルディナント・シューベルトが作曲したレクイエムで、11月3日。フランツ・シューベルトがなくなる11月19日の2週間程前の事だったそうです。この曲も是非聴いてみたいものです。
休憩を挟み、ズィーガー・ファンダスティーネというテノール歌手とシュテファンズ・ズィーバスの伴奏による「冬の旅」の演奏を楽しみました。2人とも結構年を召した(70、80代?)方で燻し銀のような円熟味のある素晴らしい「冬の旅」でした。歌手は表情豊かで、今までのコンサートではいまいち掴めなかった後半12曲の心象風景がだいぶ見えてきた気がします。ピアノの伴奏も歌手と息がぴったりで、優しいタッチの演奏でした。胸が締め付けられるような絶望的で孤独な曲だけど、だからこそその美しさも際立っていました。これでこそ「冬の旅」だって思い、燻り続けていた思いがやっと晴れました。
前回のコンサートで「冬の旅」について、それまで僕が抱いていた砂上の楼閣のような脆い印象を粉々に砕いてくれたおかげで、今回のコンサートで自分なりの堅牢な城を築くことができたと思いますし、そういう意味においては、前回のコンサートは意義はあったと言うことはできます。
ちなみにCDはディートリヒ・フィッシャー=ディースカウの歌とジェラルド・ムーア伴奏によるものをよく聴いています。

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