日曜日, 2月 28, 2010

水戸 音楽小旅行(2日目)

今日は早起きして、朝食を食べて、チェックアウトし、再び9時半に水戸芸術館へ。

実は、合唱のセミナーがあるということで、昨日のコンサートのときにチケット買って思い切って参加してみることにしたのでした。参加費は1,000円。朝10時から16時まで、お昼休みの1時間を除いて5時間にわたるレッスンでした。

セミナーに先立って、課題曲が提示されており、↓この楽譜を買って譜読みをしておくようにとのことなのでホール脇のショップで購入。

もうひとつは、昨日チケットを買った時に渡されたモーツァルトのアヴェ ヴェルム コルプスの楽譜。本当に神々しい歌で大好きな曲。というより、この曲をやるとプログラムに書いてあったので、急遽チケットを買ったほど好きな曲です。



譜読みと行っても、譜面を見ただけでは全くピンと来ないので、昨夜夕食を食べてから部屋に戻ってiPhoneのピアノのアプリで実際に鍵盤で音を鳴らして、バスパートの声部を確認しました。


といっても、全部で7曲もあるので間に合うわけもなく、頑張ってアヴェ ヴェルム コルプスだけバスパートをある程度歌えるようになって合唱セミナーに臨みました。

ホールに入ると500人くらいいるようで、制服を着た高校生も100人弱くらい参加していました。大人の方々は合唱団に所属しているような顔見知り同士の方々が多数なようで、みんな和気あいあいと賑やかです。僕は誰も知らないので、せっかくの機会だしと、バスパートの高校生が座っている間の空いている席に、「よろしくね」ということで座りました。

講師は藤井宏樹という先生で、たくさんの合唱を指導している多忙な方。

レッスンでは、10時から12時まではアヴェ ヴェルム コルプスをやりました。まず人声が出る仕組みや、姿勢や腹式呼吸などをレクチャー頂き、それから発声練習を。そして曲の指導へ。

この曲はモーツァルトが1971年12月6日に35歳で亡くなる約半年前に書かれた曲です。文章はWikipediaより以下に添付しますが、その他詳しくはWikipediaを参照ください。こちら

Ave verum corpus natum de Maria Virgine.めでたし、乙女マリアより生まれ給いしまことのお体よ。
Vere passum immolatum in cruce pro homine:人々のため犠牲となりて十字架上でまことの苦しみを受け、
cujus latus perforatum fluxit aqua et sanguine.貫かれたその脇腹から血と水を流し給いし方よ。
Esto nobis praegustatum mortis in examine.我らの臨終の試練をあらかじめ知らせ給え。
O Iesu dulcis,優しきイエスよ。
O Iesu pie,慈悲深きイエスよ。
O Iesu Fili Mariae. Amen.マリアの子イエスよ。アーメン。

指導いただいて、印象に残った、また重要だと思った点を以下に備忘録として。

・モーツァルトの歌詞では、aveが2回繰り返されるのですが、繰り返すということは強調しているということ。そして、最初のaveのイ音から二音へ上がる音階は、完全5度と行って神を彷彿とさせる音階であり、比較的穏やかなメロディーのなかでこの上下は、まるで十字を切っているようであるということ。

・verum corpus(まことの お体)やMaria virgine(マリア 乙女)などをはじめ、他すべての言葉に関して、どの言葉がどこにつながっているのか考えること。そのうえでどこを強調するかはまた別の問題。(実際にverum corpusではverumを強調する合唱もあれば、corpusを強調する場合もある。)

・Mariaのところの伴奏に注目!メロディーラインは穏やかだが、伴奏は急に高音になり、ここだけ光り輝いて聴こえる。マリアは特別な存在であることをここでも表している。(さらには、ここでも十字を切っているように考えられなくもない。)

・ハ短調に転調してlatus(脇腹)のところのソプラノパートのメロディでロ音が♭になっているけれど、そのままロ音と♭が付く場合は全く印象が変わり(ピアノで弾いてみたけれど本当に違います)、キリストの受難の様子がまざまざと表される。モーツァルトは、それをたった1音で描写した。

・sanguine(血)のところで、あたかもキリストが亡くなってしまったように、曲が終わるように感じられるが、これは”偽終止”といって本当の終わりではない。効果としては、終わるように見せかけて、そのあと、まるでキリストが復活する時のように、クライマックスに向けて盛り上げる。

わずか46小節、時間にしても3分程度の曲です。けれどもいつもコンサートやCDで聴く側から、実際にこの曲の一部として参加し、バスパートで歌ったのですが、ただ聴いていただけの時でも素晴らしさは伝わってきたのに、実際に歌うことによって、自らもモーツァルトの音楽の一部となり、ハーモニーが綺麗にそろった時などには身震いし目頭が熱くなり、モーツァルトという天才の作った奇跡的な曲を体感することができました。

ちょうどyou tubeにバーンスタインの指揮で素晴らしい演奏がアップされているので、時間があれば上記点などを意識しつつ、是非聴いてみてください。


お昼休みを挟み、午後は購入した楽譜本から全7曲、「海」「夕焼小焼」「冬の夜」「荒城の月」「野菊」「故郷」「村の鍛冶屋」。うち「海」と「冬の夜」と「野菊」は知りませんでした。しかもすべてバスパートなので、どれもすべて初めて。

けれども、パート毎の音取りはせず、最初から順番に次々と歌っていきます。僕はこれらの曲は譜読みが間に合わなかったので、歌いながら半歩先の楽譜を読みつつ、隣の高校生の声に耳を澄ましつつ、また指揮者のタクトをみてリズムを合わせつつ、と頭がフル回転で必死に食らいついていきました。

たまにページをめくるのが間に合わず、いままでの流れを考えて自分なりに出した音が、全く検討はずれの時もあり、その時はとても恥ずかしかったです。これも一通り歌った後は、時間が限られていることもあり、1曲1曲、簡潔にポイントだけ指導いただきました。そして最後に、高校生はみんなステージにたち、大人は客席に残ったまま、一緒に「荒城の月」を合唱して終わりました。

気がつけば、6時間あっという間でした。見知らぬ地で、見知らぬ人達とつかの間の合唱セミナーでしたが、本当に楽しかったぁ。

ほんとうに久しぶりの合唱で、考えれば中学生の時以来です。みんなで歌を歌ったりするのは、大学の同窓会などで応援歌を歌ったり、あとは新入社員として入った時に会社の社歌を歌ったことくらいでしょうか。中学校の時は一生懸命合唱をやっていて、僕は3年間指揮をしていました。僕は勿論歌いもしていたのですが、いま思うと指揮者ってみんなの歌った異なる声部のハーモニーをとても良く味わえる贅沢な役目だったんだなあ、としみじみと思います。うーん、ピアノに続いて、合唱もやりたいなあと思うようになりました。そういえば、以前友人から本気で合唱団入ってみないか、と誘われたこともあったので、ちょっと検討してみようと思います。


そのあとは、梅を観に偕楽園へ。
いまは5分咲きくらい。

綺麗ですね。

紅梅

枝にたわわに、、、

また違った色の紅梅

桜に比べておとなしい感じだけれど、非常に澄んだ美しさがあります。

これは観た中で一番花が咲いていました。

数十分のひと時でしたが、充分に楽しめました。

そして帰路へ。渋滞かなぁと思いきや意外とスムーズに帰れ、車中では今日歌った歌を口ずさみながらゴキゲンなドライブで、水戸への音楽を中心とした小旅行は楽しく幕を閉じました。

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