1995年、一浪して大学に入ってまだ間もない頃、駅前の店頭のラックに並べられていたクラシックのCDが1枚1,000円で売られていて、思いがけず購入、、、
僕にとって、これが初めて買ったクラシックのCD。
買った理由は高校時代にフランスの作家、サガンの「ブラームスはお好き」を読んだことをちょうどその時思い出したから。ブラームスといっても、おそらく店頭のラックには交響曲や室内楽もあっただろうけれど、演奏者も指揮者も全く気に留めず、買ったCDはピアノ協奏曲第2番でした。それからというもの、ジャズやソウルミュージックばかり聴いていた時の、たまの息抜きとして聴いていました。
どこか遠くから聞こえてくるような柔らかなホルンの音色で始まり、それにピアノが応えるように静かにも雄大に曲が始まっていきます。とてもスケールの大きく、美しい曲だなあと思い、良く聴いていました。よくわからないながらも、緩楽章である第3楽章のチェロのソロの部分が特に好きな箇所でした。けれども、クラシックはこの1枚しかないため、何百回も聴きすぎた挙げ句、気がつけば段ボールの奥のほうにしまっていました。
それから数年後、、、
前にも書いたように留学先のカリフォルニアでクラシック音楽に開眼し、バロックから現代まで一通り聴き漁ってある程度自分の好みもわかった頃、ピアニストのヴィルヘルム・バックハウスと指揮者のカール・ベームという“いぶし銀”の2人の巨匠、そしてウィーンフィルハーモニーという最高のオーケストラの協演によるブラームスのピアノ協奏曲第2番、そしてモーツァルトのピアノ協奏曲第27番が復刻版として、しかも1枚のCDで発売されているのを見つけ、懐かしさのあまり、すぐ購入しました。
それから数年後、、、
前にも書いたように留学先のカリフォルニアでクラシック音楽に開眼し、バロックから現代まで一通り聴き漁ってある程度自分の好みもわかった頃、ピアニストのヴィルヘルム・バックハウスと指揮者のカール・ベームという“いぶし銀”の2人の巨匠、そしてウィーンフィルハーモニーという最高のオーケストラの協演によるブラームスのピアノ協奏曲第2番、そしてモーツァルトのピアノ協奏曲第27番が復刻版として、しかも1枚のCDで発売されているのを見つけ、懐かしさのあまり、すぐ購入しました。
最初は、「懐かしい曲だなあ、大学時代よく聴いたよなあ」と学生時代を思い出しながら聴き入っていましたが、第3楽章のチェロのソロあたりまでくると、「まてよ、このCD懐かしいどころか、実際に聴いたことある気がする」とデジャヴに陥り、あわてて段ボールの中から昔聴いていたCDを引っ張り出してみてみると、演奏者も録音時期も全く同じでした。ジャケットが全く違うのは、大学時代に買ったCDがおそらく海賊版だったからでしょう。
いずれにせよ、思わぬかたちで初めて買った時のCDと同じ演奏に再会したのでした。出会えたことはもちろん、大学時代と同じように、改めて聴いてもいい演奏だなあと素直に思えたことがうれしく、また、今聴いても名演だと思うのこの演奏を当時何も分からず選んだ、という偶然にも不思議な感慨を抱きました。
新たに買ったCDのもう一曲のほう、モーツァルトの最晩年の曲であるピアノ協奏曲第27番変ロ長調も素晴らしい演奏です。ウィキペディアにも素敵な解説がありますが、ほんとうにそう思えるほど、この曲からは、彼岸を超えたような天上の美しさ、また、透明すぎるが故の哀しさを聴き取ることができます。まるで、綺麗な湖でボートに乗って水面下を覗き込み、水底まではっきりと見渡せたときの、なにかこう、感動と畏怖か混在しているような感覚、、、
いずれにせよ、思わぬかたちで初めて買った時のCDと同じ演奏に再会したのでした。出会えたことはもちろん、大学時代と同じように、改めて聴いてもいい演奏だなあと素直に思えたことがうれしく、また、今聴いても名演だと思うのこの演奏を当時何も分からず選んだ、という偶然にも不思議な感慨を抱きました。
新たに買ったCDのもう一曲のほう、モーツァルトの最晩年の曲であるピアノ協奏曲第27番変ロ長調も素晴らしい演奏です。ウィキペディアにも素敵な解説がありますが、ほんとうにそう思えるほど、この曲からは、彼岸を超えたような天上の美しさ、また、透明すぎるが故の哀しさを聴き取ることができます。まるで、綺麗な湖でボートに乗って水面下を覗き込み、水底まではっきりと見渡せたときの、なにかこう、感動と畏怖か混在しているような感覚、、、

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