これもまたカリフォルニアにいた頃の話ですが、音楽学部の図書館で文献を読んだり、CDを試聴したりしたあとで、音楽学部の校舎とコンサートホールのあいだのちょっとした丘陵状になったところに大きな木が1本あり、その木陰の芝生に寝転がっては、とある曲をよく聴いていました。 これが今回紹介させていただく曲です。
「シューマン:子供の情景 / クライスレリアーナ 他」 ウラディミル・ホロヴィッツ

現実逃避の賜物としてクラシック音楽にのめり込み、ある程度分かるようになってきた頃でしたが、それに反比例するかのように自信が消え失せ、将来について不安を抱くようになり、ぼーっと物思いに耽りたい時によくその木陰に行ってこの音楽を聴いていました。
その当時は特に「クライスレリアーナ」をよく聴いていて、この曲の持つなんだか怪しげな雰囲気と、ホロヴィッツのまるで体の中に強靭なバネでも埋め込まれているかのように凄まじい鍵盤の駆け上がり方に、しばしの間、現実を忘れて酔いしれました。また、この曲や「子供の情景」(トロイメライでとても有名な曲)など大曲もいいけれど、「アラベスク」や「花の曲」もお気に入りで、クライスレリアーナの時とは違ったホロヴィッツの親密で繊細なタッチが聴かれます。
シューマンは昔から”なぜか”結構好きで、特に初期のピアノ作品が好きです。このCDには入っていないけど「謝肉祭」(短いたくさんの曲から成ったきれいな曲です。友人が気に入ってくれて、兄の結婚式の入場曲に選んでくれたりもしました。)、「森の情景」(こないだ八ヶ岳に行った時によく聴きました。)、「幻想曲」(豪華でスケールの大きい曲です。コンサートで2回程聴いたことがあります。)も好きで、ピアニストだとそれぞれミケランジェリ、リヒテル、リヒテルでしょうか。
たまに、クラシック音楽のブログやウェブサイトに「シューマイ」というハンドルネームでシューマンのCDやコンサートの感想とかを書き込んだりしたこともありました。
また、こないだ沖縄のザ・ブセナテラスに行った時もシューマンの「子供の情景」がロビーを吹き抜ける南国の優しい風に運ばれてきたし、シューマンの曲は、自分の生活のどこかにひっそりと、けれども絶えることなく息づいています。
3 件のコメント:
お久しぶりです。もっさん元気にやっていますか!?
先日槇原敬之が言っていたんだけれども、「どこかに自分にとってのDJがいて、必要なときに必要な音楽と出会わせてくれる」って。私は妙に納得してしまったよ。
yoshioさん、コメントありがとうございます。
確かにマッキーは結構いいことをいいますよね。
彼の詩は僕の高校時代の恋の病の処方箋でした。
彼の曲の中でシングルカットされていないマイナーな曲の中に、”この町の池にハスの葉がひらく。夏の星座を受け止めるように。それはまるでパラボラの様で、見えないものを信じることを教える。”というくだりがあるのですが、この曲の前後はいわゆる失恋ソングなのですが、そこだけ全く違う世界が描き出されていて、びっくりした記憶があります。
そんな彼が言うのだから、そうかも知れませんね。
へぇ~いい詩ですね。なんて想像力が豊かなんだろう。今度聴いてみます。
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